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糸島→唐津→有田陶器市

糸島市二丈にある“ギャラリー樹庵”さんへ。
古民家を再生したお店には、藍染服・わらぞうりなどの衣類、唐津、備前、信楽焼き、陶芸作家ものまで、古き良き日本の伝統技術を受け継ぐ人々の作品が展示・販売されている。連休中という事で、トルコ・キリム展も行われていた。
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店内に入るとウッと押し寄せる独特な絨毯の香り。久しぶりな感覚。
すぐにトルコのお茶とナゾのお菓子を頂く。

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ギュウヒのようにもちもちした粉砂糖がまぶしてあるお菓子。その名は“Lokum”というそう。あまりにも美味しくどこで売ってるのか聞いたけれど“現地から持って来た”という返答。東京にはあるんだような、残念・・・。
とおもっていたら、なんと箱ごとプレゼントしてくださった。パッケージも素敵

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●Hazer  Baba社
トルコのイスタンブルにて1986年創業。トルコ・伝統菓子の製造業者。
材料:コンスターチ+砂糖+水+バニラ香料+ピスタチオ+contain other nut(くるみかな?)
樹庵さんのシンボルは“もみじ”の木。日本古来種の蘭もその幹にくっついて共生し、本来の蘭の姿を見る事もできた。

糸島→唐津→有田陶器市_f0227590_1263610.jpgたくさん枝分かれしたもみじの葉っぱは幾重もかかり、その大きなドームの中にいると、とっても心地が良い。雨の日に立ってみたいものだ。そうしてお店の外では、植物の植え込み教室が行われていた。

自然のままに、ちょっとだけ手入れがされたお庭は、野草やお花でいっぱい。糸島→唐津→有田陶器市_f0227590_1551623.jpg糸島→唐津→有田陶器市_f0227590_1501670.jpg
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糸島→唐津→有田陶器市_f0227590_282925.jpg離れにあるもう一つの古民家では、唐津・七山村の紙漉き師、前田崇治さんの作品展が行われていた。前田さんは一つ一つの作品を丁寧に話してくださる。“主に楮を使った作品が多く、重ねて剥がして作られるシジラ柄、濡らして擦って紙を寄せて作る波柄など、紙のもつ様々な表情を表現している”と語る。そして唐津の土を入れ紙に染め付けたという渋い作品もあり前田さんの生み出す唐津の美しい紙の世界に触れた。小さなお買い物だけど、和紙・水引のぽち袋と、封筒を頂いて唐津へと向かった。

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川の上をスイスイと泳ぐ唐津のこいのぼり。
いつ時も同じ、子供が健やかに育ち幸せであれ、という願いは、こうして受け継がれてきた。明日はこどもの日。
新緑の香りとこいのぼり。あぁ五月だな、そして有田へ到着。
会場がいくつかに別れ、一日で全部は回れないほどもの凄い量の器が並んでいる。
B品も多いのでよく吟味しつつ、伊万里焼きらしい、華やかな香立てと対照的な質素な急須に出逢った。
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(左)有田焼きにカラフルな赤が加わったのは1640年代、長崎の中国人から製法を学んだ酒井田柿右衛門が焼いたのが始まりだとか。釉薬をかけて高温で焼いたやきものの上から更に絵付けをして低温で焼くという工程で赤をはじめ黄色・緑と華やかな色が生まれる。
(右)中国・江蘇省紫砂陶(朱泥)の急須。土質が硬くきめの細かい滑らかな肌質、そしてコンパクトで
その昔、屋根をふく職人がいて紫砂の急須を天井に置き忘れそのまま数年が過ぎたそうな。再び屋根に昇ったときの事、その急須の茶の色は少しも変わっていなかったという伝説もある。こんな感じで時折、中国陶器・唐津焼なども見られるのもまた嬉しい。

糸島→唐津→有田陶器市_f0227590_21324034.jpg手のひらサイズの器。貫乳の入った伊万里焼は初めてみた。白磁特有な金属のようなかん高い音はしないが、素地の薄さ、重ねる時の音の感じはやっぱり伊万里の白磁だなと感じさせられる。

佐賀県の有田で磁器が焼かれるようになったのは、秀吉が朝鮮出兵の際に日本に連れきた陶工の李三平によって、磁器の原料陶石(泉山)を見つけたことに始まるといわれている。その後、原料は熊本県天草の陶石に変わり更に可塑性に富み素地の色もより白さを増し現在に至るという経緯を知った。現在の有田では陶土屋・素地屋・素地運送・下絵の具屋・釜屋・上絵の具屋というように製造工程ごとに分業制となっているそうだ。確かに、手仕事なんだけど均等化した作品が良く並んでいたように思えた。
伊万里焼きの磁器がオランダ東インド会社によってヨーロッパにもたらされて350周年、海を越えた文化交流は今尚続いている。