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作曲家・ピアストのササマユウコさん、そして北インド古典音楽「シタール」奏者の伊藤公朗さんの即興セッションによるプラネタリウムコンサートへむけて、イラストの依頼を頂きました。

コンサートは、「シタール」と「ピアノ」によるインド星物語。
(2010年11月19日(金)at:新宿レガス8階。その他、詳細は後日アップします。)

そうして8月からイラストを本格的に取り組み始めました。
最初は、子どもたちと落書きからスタート。
迷いなく自由に描く子どもの姿に、絵の面白さを教わります。
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この仕事は4月から頂いていたので、ここ数ヶ月でインドの昔話、神話、ヒンディズム・聖典と信仰といろんな角度からインドを感じてきました。特に魅力的なのはインドの民話や昔話です。
根幹をなしているのは自然と調和して生きる野生の動物たちで、人間は動物から良くも悪くも、「生きる知恵」を授かるんです。そうして、その物語を描いてきたのは人間であるということで、人が養ってきた英知の詰まった物語から民族文化の根に触れ、活き活きとした「生きものたちの営み」が感じられます。
共通して感じるインドとは、神と人間界に境界はないという事ですが一方、人間の醜悪が何とも生生しくここからはイメージソースまでは辿りつけずじまい。ヒンドウー教を信じていないものにとって、その宗教を理解することは容易ではありませんし、渦に巻き込まれていくような未知なる感覚だけが残されていきます。その後も本を読み進めていくうちに、遠い昔の話へと遡っていきました。

原住民たちに、大きな変化をもたらした歴史の流れは、
紀元前518年ペルシアの侵入~ギリシア・中央アジア方面からの1000年にも及ぶ大陸内の侵略が繰り返され、紀元前10世紀頃アーリア人がガンジス中流域に進入、ここでインドの先住民や生活を取り入れながらバラモン教や聖典の起こり、4世紀から民間宗教との融合によって次第に形成されたという現在のヒンドウー教。侵入者であるアーリア人(ペルシアを通り東ヨーロッパのステップ地帯から侵入という説・中央アジアでの遊牧生活から南下という説)によって元々インドにいたドラヴィータ人が南インドへ移動、という歴史が一説にあります。
支配する人、される人という「歴史」のドラマがある一方には、その遺産である異種独特な融合文化が生まれます。今回プラネタリウムで演奏される、北インド古典音楽もその一つ。

アミール・フスローという人物によってシタールは演奏され始め、ペルシア・イスラームの影響が彩りを豊かに、宮廷や地方領事が音楽のパトロンたちの享楽として保護され、そして神の加護によってインド伝統音楽としての礎が形成されたのです。
その調べは「神へ捧げる甘美なるもの」として、連綿と続き、師弟関係から口伝によって継がれ700年という歳月が過ぎました。

風習・土着の信仰、同属意識のある民族たちの暮しに様々な想いを巡らせ、人々の深層に隠された概念をシンボル化したものたち、架空なものそしてエネルギーに満ちているものへの好奇心が引き寄せてくれたのは、インダス文明を紹介するある一冊の本の一文からでした。

18世紀に「ハラッパー遺跡」から出土したという一つの印章について、
「シヴァ神に似た角の生えた神を描いたものと象・犀・水牛・虎 という四頭の野生動物、
その足元には二匹の鹿がおり、豊穣の神か?」
「インダス流域の人々にとって性的力の神聖性を表現するには人の姿ではなく、
力と生命力において人間以上であると信じられていた「動物」が、聖なる高みへと引き上げていたというのです。そうして動物の性的多産性を讃える事は、また人間の性欲を讃える事を意味していた。」
ということでした。
インダス河流域の人々にとっての神聖さとは、「性的力と生殖」であり、そのシンボルである「牛」が聖なる儀式に関わり、雄牛との結びつきの強いシヴァ神はのちのヒンディズムへと繋がっていったのです。ここに人と動物とあらる生きものの霊力が結びついていたという事に「万物の根源」を感じていました。

この本に記述はなかったのですが、
月の化身であるナーガ(蛇)を描きました。ヨーガでは宇宙のエネルギー、不滅のシンボル、生命の活力・プラナをあらわすものであります。その崇拝概念は、インドとは別の地に古くからあり、ヒンズー教に吸収されてきたとのことからそのルーツにも関心を寄せています。
そして「鳳凰」は中国に起源をもつ架空鳥ですが、インドでは神話の始祖鳥となり「ガルダ」を現しています。ヨーガ行者の霊的な乗り物でもある鳳(雄)凰(雌)は「生命の象徴」となり、「平安の時代に出現する」という言われがあります。そんな世界が訪れるようにと、祈りをこめて描きました。


中心の牛舌に「スワティー」=星 の象徴(星はサンスクリット語で、ターラーともいいます。)
※他の書物には「スワスティカ」(サンスクリット語)との記述もあり、幸運・幸福・良い兆し・長寿などと、幾多の解釈あり。
以前、インドで出逢った人も、スワティーの付いたブレスレットをもっていました。このシンボルはヴェーダの時代から崇められてきたもので、いつも傍に身につける大切なシンボルなんだよ、と話してくれました。この紋章はまた所変わってドイツでも存在し、ヒトラーは「野望の象徴」とした。

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                                      「Cosmology」


それから数日後・・・

九州は夕方になるとスコールのような雨と雷で大荒れの天気が続いています。
家の近くの屋根に雷が落ち、少し煙が上がる瞬間を目撃、、瞬時に我が家も停電です。
蝋燭がたゆたう薄ぐらい部屋で、激しい雨音と光と、
なみなぎるエネルギーが、天から地へと注がれていきます。

夕方、雨が上りスッーと空気が変わり始めました。そしてボーっと空を眺めていたら W Rainbow!
心をHappyにさせてくれる自然からのおくりものに感謝して、最高の夕暮れを過ごしました。
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秋月で行われる「虹の市」へ飛び入り参加!
ラオスで作られた木の器たちをもって出展します。
またCD「生きものの音」も青空の下で販売します。
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天然酵母パンや米粉ビスコッティーなど、ココロとからだをつなぐおいしい自然食。
紙芝居にゆったりとした音楽ライブなどなど、
子どもも大人も、まったりゆるゆるな「虹の市」へ
ぜひお出かけください。
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●虹おじさん(イラスト:土器修三さん

日にち:2010年9月12日 
Start  11:00~17:00 (雨天決行)
場所:秋月ろまんの道 ( 住所:福岡県朝倉市秋月283 )

「虹の市」チラシをみる→http://www.yukihira.jp/?p=3224

《出展》
ろまんの道(アジア民芸と喫茶店)
Green Green Village (鉄釜で焼いた天然酵母ピザ 限定20枚)
ポトリズム&とーとや (米粉びすこってぃなどのおやつ)
たべものや“らうらう”(季節の天然酵母パン)

◎紙芝居LIVE 
・ライオンサーカス団 「星見る少年」

◎投げ銭LIVE
風太郎
・和の輪 (ジャンベ)

◇ お問い合わせ ◇
・ぽとリズム TEL:0943-77-4173 / Email:nasu-potorhthm@softbank.ne.jp
・秋月 ろまんの道 TEL:0946-25-1160
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by ikimono-no-oto | 2010-08-21 22:49 | 展示会
「旅する音楽Ⅰ」
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演奏:ササマユウコ(ピアノ・ピアニカ)×等々力政彦(トゥバ音楽家)

日時:2010年9月22日(水)  19時開場 / 19時半開演
場所:公園通りクラシックス・渋谷(東京山手教会B1F)
料金・前日まで予約3.000円 / 当日3.500円 ※予約受付中!


“生きものの音プロジェクト”で共演中の音楽家が綴る、東京⇔シベリア音紀行。
人生の喜びや悲しみ、雄大な自然を歌った、喉歌/フーメイと日本わらべ唄。
シンプルな旋律は、懐かしいのに新しく、静かに深く私たちの心に響きます。
昨秋プラネタリウム公演で好評だったプログラムの拡大バージョン。
ご一緒に遥かなる音の旅に出かけてみませんか?

◇ご予約はこちらまで◇
公園通りクラシックス / Tel:03-3464-2701(17時~22時 月定休)
mail:BEN-TEN Records

協力:“生きものの音”プロジェクト

※詳しいライブ情報は、こちらからどうぞ。
http://www.otomani.com/tabion1.html

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CD「生きものの音」の収益の一部は、ラオスの学校に寄贈する机、文具などの費用とさせて頂きました。
寄贈先の学校はラオス中部・カムワン州タケク「Vieloung (ヴィエンロン)中学校」です。

「生きものの音」のCDジャケットをラオスの人々と手仕事で創作した事から現地との繋がりがより深まり、そうして当時予定されていた新設校へ寄贈しようという運びとなりました。

ラオスは窓も壁も無い青空校舎があるという現状ですが、ビエンロン中学校は素朴な平屋の木の校舎で建築されました。
この中学校は大変山奥にあり、農業を生業とされている人しかいないと聞きました。
そんな村に今回の学校は建設されています。

当初の予定では学校の黒板やいす、机を寄付金より寄贈という予定でしたが、既にそちらの購入準備は進んでおり、他の何かをご寄付できたらと、そのの結果、制服をつくりそして鉛筆やノートといった文房具を購入、また建物の維持費としての資金とさせて頂く事になりました。
子供たちへの未来へと良い繋がりが出来たことをうれしくおもっています。
CDをご購入頂きまして、ありがとうございました。


この度の学校設立に携われているのは、岡山県を拠点にラオスと日本の架け橋をと務められている西山さんご夫妻です。ラオスの子ども達に豊かな育成をと夢みて、10年間に渡り様々な活動でのご支援を続けてこられました。
旦那様は現地で暮らし、物質支援ではなく「仕事をし、自立することで将来の希望を生み出せるのだ」という信念から、ラオスの方に木工の仕事ができる工房をつくりました。
手仕事で「木の器」を生みだせることが「継続的な自立支援」になるという想いから、大変な情熱を注がれています。
工房名は「LIDCO」と言い、100人もの雇用体制で営まれています。
木工を扱ったこともない初心者でも西山さんは受け入れ、まず一人一人のやる気をみながら、その子に何ができるかを見出しながら、トレーニングを数か月にわたり行っています。
「一人前になるまで、先輩職人と一緒に時間をかけながら指導するんだ」と、西山さんがこれまでに続けてきた工房をすべて見せてもらい、そしてその合間には職人たちが西山さんと笑いながら和気あいあい。
一人一人が熱心に、でも楽しいからここにいるという姿を見た時に、私はなんて素晴らしい工房なんだろうと胸にジンとくる想いで感動していました。
また、彼らに仕事だけではなく、人間性もこの工房で育めたらという想いを西山さんはお持ちなんだとここでまた西山さんのお人柄に触れたのです。




・ビエンロン中学校の授業についての情報がきましたのでこちらで少し紹介します。
日本との授業内容の違いは、家庭科がないということだけで日本の中学校とほぼ同じなんだそうです。
授業内容は理科、地理歴史と語学はラオス語のみで英語などの外国語はなし。
まずは母国語を話しながら皆でコミュニケーションをとるということを大切にしているようです。
また体育はフットボール・卓球・バレーボール。
そして、人間の生命、命の営みという授業もあるそうです。
音楽の授業は、楽器が揃わず無いとのことです。
・授業時間 8:00-11:30 13:30-17:00
・授業時間は、今は一コマ2時間くらい。

朝は朝礼、体操に始まり、 教室は掃除を日課にしています。
子供の頃から身の回りを清潔に整える習慣、とても大事な事です。
「部屋は心の状態とイコールだ」といつも部屋をみて、自分の内面を振り返ることができます。

山奥にある学校なので、開校当初はとてもじゃないけれど、歩くのさえも難しい岩山そのものの道でしたが、子供たちはそれでも毎日学校に歩いて辿りついていたようです。
その後、教育庁の方と話がついて道が少し整備されたそうですが、それでも山道を越えなければならず、子供たちはのんびりと歩きながら学校に通っているそうです。


~ラオスの学校事情について~
※9つの地域 州に分かれているラオス。
タケクには 500程の村がありますが、高校 1校・ 中学3校、
(小学校ははっきりしないのですがカムワン県で50校くらいとの事 2010年現在)
村社会で暮らす子供たちが小学校以降、学校に行けるのはほんの一握りにすぎません。
また、学校の先生不足という問題もあり、高校を出た人が代用教員として教えている事が多いそうです。
そんな中でも、一つ屋根の下での学び、そして青空の下でのびのびとからだを動かしながらの学校生活を過ごしているそうです。子供たちにとって「学校に行ける」という事がただただ「喜び」なのだそうです。


~ラオス国の話~
東南アジアでも最貧国と言われている「ラオス」には、人々の暮らしの習慣においても様々な問題があります。
例えば、女性の出産場の環境が悪く危険が伴うこと、子供の労働、食事からくる健康問題、また飲食を回し飲みするため感染症をひいき起こすなど。農業で食べてはいけても難病にかかると手を施す資金がないなど。
これらのような山積みの問題改善には、「教育による知識と意識の向上」が必要となり、学校教育がその助けとなれたらと願ってやみません。


~幸せって?~
ラオスでは戦前の日本のように、20歳前後で結婚して家庭をつくり、子宝に恵まれ繁栄していく事が最も幸せであるという暮らし方があります。
寄り添い合って「家族のつながり」を大切にするラオスの人々には、暮らしの中で「親から子」へと文化・風習が育まれる。
学校で教育を学ばずとも、暮らしの中に「生きる事の大切さ」が秘めてある、
そこに幸せがあるんだととても素朴で原始的な幸福感をもっているという事が私には、羨ましくおもえました。

ある日、木工工房で使っている「ラオス松の木」を見に行こうと、山に入りました。
先進国が、現地のために電気を発電しようとダムの建築をしている現場をみました。
その村には湖があり、漁師を生業にしていた民族がいたそうです。
家は国が建てて提供してくれていたものの、山の麓に追いやられ湖からも離れてしまったので生業を失ってしまいました。
彼らのその後は存じないのですが、発展のためとはいえ、独自で育んできた文化や村社会で不自由の無かった人たちの暮らしを崩壊させることはあってはならないと思います。

そして世界中が「物質」社会、資本第一主義へと統一化される事は望まれないことです。
手付かずの荒々しい大自然がすぐそばにあり、「人力で暮らしてきたラオスの人々」の心の豊かさは変わらないでいてほしいと願います。
人と人がどうして幸せであれるのか、人生観を感じた素晴らしい国、「ラオス」でした。








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ある日一本の電話が入った。
前職の関係からデパートの催事での、販売員の仕事を受けた。

数日後、愛媛へ向けて出発。
別府9:45発、宇和島運輸フェリー(二等席 / ¥3,020)
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すれ違うフェリーに手を振って、空を眺めてみたり・・・雲はどんどんと形を変え、ただ流れていく。
読書をしながらとても快適な2時間45分の乗船時間もあっという間に過ぎ去り、
八幡浜港へ到着!

仕事日より前入りし、逢いに行きたい人の元へきました。
お迎えに、DALIAでお世話になっている“阿部みかん農家”の阿部さんが来て下さり2年振り、二度目の再会が叶った。
梅雨明けをしたばかりの愛媛はカンカン照り、
阿部さんの愛車で、汗をだらだらかきながらみかん農園へと案内をしてもらった。
山道をドライブしていた時の事。
愛媛の森はなんだか均衡がとれてるな、と目につき質問をなげかけてみた所
愛媛の森はほとんどが杉の植林で、海外の安い木に押され現在、放置されっぱなしという現実があるとの事。一見、緑いっぱいで自然豊かな地のように見えるが、手付かずの人工林には数多くの問題があるそうだ。
生態系の問題はもちろんのこと、だけれど、砂漠よりはまだ生きものたちは生きているはずだよな、とも思いつつ、そんな現実を多様な角度から知っていきたいと思った。
そうしてこれからの夢について語り合いながら、棚田の間を走り続けどんどん変わり行く風景を背に、農園へと到着。
(愛媛の西部・明浜町)
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石がパズルのように組重なり、一つ一つの畑は仕切られている。
ここへ来る前日、愛媛県は大変な集中豪雨が襲ったが、先人たちの知恵であるこの石垣は、ちょっとやそっとの天災でも崩れないそうだ。

その横に、石の階段があり、テクテクと登っていくと、ありました!阿部さんの樹。


愛媛のおいしいみかん 青い樂園 ブログ
~海と山と人 光と風と水~
http://blog.goo.ne.jp/meguminoame



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新芽が顔を出し、光を浴びるつややかな緑と白い木肌のコントラストが綺麗。
阿部さんは、完全農薬不使用で、自然に任せた農法で、その樹は伸びたいように伸びていったまんまの形をしているな。今年は、なんとブラッドオレンジにも挑戦されているとの事!「毎年毎年、自然が育んだその時々の味が出来るんだと」おっしゃられていた。今年は、どんなお味に仕上がるのでしょうか。


この段々畑は、みかんの生産者が集合住宅のように、それぞれの区画の中で思考錯誤のもと、それぞれの作り方で美味なる味を求めて、伊予柑・ポンカン・甘夏などが作られている。

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お山のてっぺんから麓まで続く段々畑。
写真にはおさまりきれない壮大な景観。これはマチュピチュに劣らぬ日本の美しき景観だ!!
明浜の碧き海に山あり、みかんあり、と日本にこんな景色があったなんて知らなかった。
そうして、この棚田は、人間が築いたんだなという事に、敬意を払う気持ちでいっぱいだった。
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f0227590_22424670.jpg働き者のモノレール。収穫期には、これにみかんを積んで運ぶそうだ。
昔、まだこのモノレールが無い頃に、人はこの棚田を上から下まで8往復したという語り継ぎを聞いた。


そうして近くにある温泉、「はま湯」でまったりと身体を癒し(小さな露天風呂もあり海を見渡しながらの入浴。室内には様々な浴槽があり、全てが塩の湯でとってもオススメな湯です。)
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月がお顔を出した頃、
二年に一度の「祇園様」とう門ノ脇地区のお祭りへ誘われた。
入場前にビールを買って入った公民館。
す、すごいぞ、

つづく・・・。
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by ikimono-no-oto | 2010-08-01 18:28 | 旅の途上